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最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)276号 判決 1996年12月19日

上告人(原告)

奥野光雄

被上告人

千代田火災海上保険株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人澤田昌廣の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、所論の点に関する原審査の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井正雄 小野幹雄 高橋久子 遠藤光男 井嶋一友)

上告理由

第一 原判決には理由不備、審理不尽の違法がある。

一 すなわち、原判決は本件事故は本件保険契約中の自損事故条項にいう「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故」に該当しないとし、その理由として「本件事故は、被控訴人が自宅前駐車場に置かれていた本件車両を運転するため、そのエンジンを始動させるのを目的とした作業の過程において発生したものであるとはいえ、被控訴人が本件予備バツテリーを使用したのは、本件車両のバツテリーの容量が低下したと考え、これに送電するためであるから、被控訴人が同バツテリーの能力を回復させるための修理補修に当る行為をしている時に、すなわち本件車両のバツテリーを通常予定された使用方法で使用を開始する以前に、本件車両のバツテリーとは別の本件予備バツテリーの起こした爆発事故であり、しかも、その原因は、専ら被控訴人が、本件予備バツテリーとリード線の接続部分の操作を誤つたことによるものである。とすれば、送電後は直ちに本件車両を運転する予定であつても本件事故は、本件車両を当該措置のその用法に従つて用いることによつて発生したものとはいえないし、少なくとも運行とは相当因果関係を欠く」とする。

二 しかしながら、右判決には重大な誤りがある。

1 そもそも本件事故は上告人が本件車両のエンジンを始動させようとしたところ、セルモーターが回転せずエンジンが始動しなかつたため、被控訴人の保有する予備バツテリーを持ち込み、本件車両のバツテリーと接続させてエンジンを始動させようとしていた際に、本件バツテリーが爆発したことにより発生したのである。すなわち上告人は本件車両のバツテリーが単独では正常に作動しないので、これを作動させるために補助的に本件バツテリーを使用しながら両者のバツテリーの出力を合わせて、本件車両のエンジンを始動させ、発進させようとしていたのであり、右行為は車の固有装置の機能が十分でないため、その固有装置を用法に従つて機能させ、もつて車を「運行」させようとするものである。

右行為は「修理・補修」の範疇に属する行為ではなく「運行」行為そのものである。

右については、仮りに接続されたバツテリーが上告人の保有のものではなく、本件車両に積載された予備のバツテリーを用いてエンジンを作動させようとした際に爆発事故が発生したケースの場合と基本的に同じであり、かような場合「運行」行為と評価されることに当然であるから、バツテリーが上告人の保有するものであるか否かで結論が異なるいわれはないのである。

2 結局、本件車両は、本件事故時点においては、走行状態にはなかつたが、上告人がこれを走行させるべく操作・作業をしている(しかも、本件車両は、一時的とはいえ、エンジンが一旦始動し走行可能な状態になつている。)という、いわば走行に至る一連の過程において、本件事故が発生していることは明らかなのである。

3 ただ、本件事故の直接的な原因は、本件車両の固有装置ではない本件バツテリーの操作であるが、右操作は、本件車両バツテリー、さらにはそのエンジンという固有装置を走行状態に置くために行われたものであり、その意味で、右本件車両の固有装置の操作と一体のものであつたことが認められる。したがつて、上告人の右作業を全体を通してみれば、本件事故は右本件車両の固有装置の用法、目的に従つた操作の過程で生じたものと考えることができるのである。

4 なお、上告人は昭和四三年ころ、ガソリン車及びデイーゼル車について二級の自動車整備士の資格を取得し、約七、八年間自動車整備の仕事をした経験を有し、現在自らトラツクを運転して運送業を営んでいる。右のような上告人の経歴に照らせば、予備のバツテリーを保有し、車両のバツテリーがあがつたときにこれに右予備のバツテリーを接続させてエンジンを始動させるというような、本件事故の際行われた作業は通常の車両運転者において日常に行われるような性格のものではないとも考えられる。

しかしながら、自動車整備の専門的な資格や仕事の経験がなくても、トラツクを運転して運送業を営んでいるものであれば、通常は、予備バツテリーを保有し、これにより車両のバツテリーが上がつた時にエンジンを始動させるという作業を行つているのであり、かつ、また、そもそも寒冷地において、特に冬期間中車両のバツテリーが正常に機能しないためエンジンが作動しないケースは頻繁に発生するのであり、このような場合、車両の保有車は防衛策として、予備バツテリーを保有し、これを車両のバツテリーに接続して車両のバツテリーの電気の容量を補い、もつてエンジンを始動させることは、運転免許を有する一般運転者において「常識」の部類に属する一般的行為であることはいうまでもないのであつて、かような点からしても上告人が本件事故の際行つた作業を「修理・補修」行為と見るのは相当でなく、運行行為と評価されるべきである。

三 従つて、原判決が本件事故は修理補修中に発生したとし、それゆえ本件事故は当該装置の用法に従つて用いることによつて発生したものとはいえないし、すくなくとも運行とは相当因果関係を欠くと認定したことは、大きな飛躍、従つて理由不備の違法がある。

また、仮りに前記認定事実とは逆に本件事故は運行行為中において発生したと認定されれば、「運行行為に起因する急激かつ偶然な外来の事故」となつたはずである。

しかるに、漫然と前記事実を認定したことは審理不尽の違法を犯すものである。

第二 原判決には法令解釈、経験則違反の誤りがある

一 すなわち、原判決は本件事故は本件保険契約中の自損事故条項にいう「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故」に該当しないとし、その理由として「本件事故は、被控訴人が自宅前駐車場に置かれていた本件車両を運転するため、そのエンジンを始動させるのを目的とした作業の過程において発生したものであるとはいえ、被控訴人が本件予備バツテリーを使用したのは、本件車両のバツテリーの容量が低下したと考え、これに送電するためであるから、被控訴人が同バツテリーの能力を回復させるための修理補修に当たる行為をしている時に、すなわち本件車両のバツテリーを通常予定された使用方法で使用を開始する以前に、本件車両のバツテリーとは別の本件予備バツテリーの起こした爆発事故であり、しかも、その原因は、専ら被控訴人が、本件予備バツテリーとリード線の接続部分の操作を誤つたことによるものである。とすれば、送電後は直ちに本件車両を運転する予定であつても本件事故は、本件車両を当該装置のその用法に従つて用いることによつて発生したものとはいえないし、少なくとも運行とは相当因果関係を欠く」とする。

二1 そもそも本件事故は上告人が本件車両のエンジンを始動させようとしたところ、セルモーターが回転せずエンジンが始動しなかつたため、被控訴人の保有する予備バツテリーを持ち込み、本件車両のバツテリーと接続させてエンジンを始動させようとしていた際に、本件バツテリーが爆発したことにより発生したのである。すなわち上告人は本件車両のバツテリーが単独では正常に作動しないので、これを作動させるために補助的に本件バツテリーを使用しながら両者のバツテリーの出力を合わせて、本件車両のエンジンを始動させ、発進させようとしていたのであり、右行為は車の固有装置の機能が十分でないため、その固有装置を用法に従つて機能させ、もつて車を「運行」させようとするものである。

右行為は「修理・補修」の範疇に属する行為ではなく「運行」行為そのものである。

2 結局、本件車両は、本件事故時点においては、走行状態にはなかつたが、上告人がこれを走行させるべく操作・作業をしている(しかも、本件車両は、一時的とはいえ、エンジンが一旦始動し走行可能な状態になつている。)という、いわば走行に至る一連の過程において、本件事故が発生していることは明らかなのである。

三 しかるに原判決は本件事故につき当該装置のその用法に従つて用いることによつて発生したものとはいえないと判断したことは経験則に違反し、法令解釈の誤りがある。

以上

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